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所謂キャッチーさに物申す


こんばんは。

この前の金曜日までに

ブログ更新する予定でした...

3日坊主ならぬ3週間坊主、

早速週1度が崩れています...ご愛敬!



この前の金曜日は、

ドイツの可愛い装丁の本を

探しに行って参りました。

インゼル文庫約20冊ゲットです。

次の10/21の大江戸で並べます。

今度はクリスマスの雰囲気を

一部だけ醸し出そうとしています。

もう年が暮れるのだなあとしみじみ。

あとは骨董屋さん4軒回り、

その後お酒を飲み楽しくなってしまい

ブログ更新できなかった…

などとは言えません。



ところで、先週の大江戸、

本当にありがとうございました。

馬鹿みたいだけど、

余裕も全くなかったけれど、

とても幸せでした。



居なくなってしまった子もいますが、

忘備録に画像を再掲します。


まず、今の私が大好きなものです。

犠尊(牛さん)が、開始早々いなくなり

泣くかと思いました。

最初見つけたときは

泥まみれのところもあり、

掻き出してあげた思い出があります。



あと、コレクターの方にはたまらない

デルフトタイル。

犬を4匹集めました。

そもそも動物柄が比較的珍しいです。

良い絵柄が集まったな、と

自信を持ってお伝えします。

またばらばらになり始めているのが

少し寂しいですが、価格が高いので

仕方が無いと思ってます。



お手にとりやすい子たちも

ご用意させて頂きました。


まだまだ他にもたくさん。

私どれだけ買い物好きなんだ...



最初に居なくなったのは、

チェコの医務用試験管で、

紙箱の中の木箱の中の

紙管の中に試験管が入ってるやつ。

無駄に使いづらいのが愛おしい。

ほう、これか。と思いました。

写真一度も撮らずに旅立ちました。



と、ここにきて

キャッチ―さは大切なのか、

という事について

その後必死で考えていました。

始めてみてやはり色々感じました。



学生の頃はバンドスタッフや

音楽レーベルの

お手伝いをした事もありました。

音楽を売るためにはPOPさ、

キャッチーさが必要で

その中でどう個性を出すのか、

という問題が大切とされていました。


卒業後は雑貨メーカーに入社し、

物を作る際、どうやってキャッチ―な

デザインにするのか皆で悩みました。

その中でもセンスが良いものは何か、

というのを必死に探していました。



キャッチーさとは、

興味の無い方にも、

どう良いと思って頂けるか、

という意味で使われると思います。

つまり分かり易さですよね。

派手にしたり、

馴染みのあるものにする事で

キャッチーにするという方向に

進めることが現状多いと思います。



分かり易さ、というのは

どんな分野に置いても重要で、

必要な事と思います。

でも無理に分かり易くした時に

そこにある深みが失われるのが

どうしても許せなく感じます。

自分の中のわだかまりが拭えない。

だからと言って自分の道に走ると

世の中に必要とされなくなる。

需要を見極める力があり、

それを表現できるのであれば

それはそれで素晴らしいのですが。


でも、結局そういう意味での

キャッチ―さって

必要無いのではないか

ともここにきてやっと思いました。

だってゴッホやゴーギャン、

キャッチ―だったら嫌ですよね。

彼らの絵は生前評価されなかった。


でもただ、こう考えた時、

ピカソは売れていたのではないか、

何が違ったのか、と思いました。

彼は当時理解し易い馴染みのある

芸術家だったのか。

そんな事は無いと思います。

少し調べてみました。


ピカソがゴッホ達と違った点は、

作品を描いた背景や意図を細かく

説いた事にあると言われています。

「モノ」にお金を支払うのではなく、

「物語」を購入するという事を

知っていたと言われています。

価値を価格に変えていたのでしょう。

お金の価値も熟知していたようです。

いくら美しくても

価値がないと判断されたら

それはその時価値がないし、

続けることもできません。

良さを分かりやすく伝える、

それはとても素敵だと思いました。


だから、この意味での分かり易さが、

大切なキャッチ―さなのでは無いかと

今日の自分は考えています。



話が逸れますが、

大学2年生の時、

自由科目で美術史を履修したときに、

ピカソの良さを解説されても

全く理解が追いつきませんでした。

キュビスム、うーん。

適当じゃないの?本当なの?って。

青の時代?まあ好みだけど。

何様だってお話ですよね。


その翌年、京都国立近代美術館へ行き

やっと実感として凄いと感じました。

近代の絵画を段階を追って

鑑賞するには凄く良い美術館だと

感じました。

間違いなく何かが変わった。


なので、京都国立近代美術館、

ピカソを感覚として理解するのに

おすすめさせて下さい。

完全に理解はできてませんが!


と、挟んだところで話をまとめます。

一般的にクリエイティブな

現場で使われる“キャッチ―さ”

とは馴染みやすいものにする

という意味で使われがちです。

しかしそうではなく、

どのように価値を分かり易く伝えるか

という意味のキャッチ―さが

一番大切では無いかと感じます。

だから仕事自体は個人の追及で良い。



結局皆、自分の仕事を

デザインをしながら

日々生きていると思います。

デザインというと、

狭い意味で見た目的なことと

捉えられがちですが、

その言葉の本来の意味は

「具体的な問題を解決するために

思考・概念の組み立てを行い、

それを様々な媒体に応じて

表現することと解される」

のだそうです。

問題解決/設計/見た目

3つの意味が含まれています。

だから仕事、だと思います。

たまに忘れてしまいますが。


そしてデザインとは、

デ(de:削る)ザイン(sign:形作る)

という意味で構成されており、

私欲を削り落とし、

本質を磨き上げること

という意味のようです。

エゴを濾過して、

自分の使命を見つける。


なので何かデザインする際に

軽い意味の分かり易さ、

馴染み易さなんて

不要なのではないでしょうか。

どこまでも透明な感情で

自分自身を深く掘り下げて

見つけながら価値を創ること、

これこそ大切なのではと思いました。



こんな風に言っても

今の私は何も実績や実力が無いので

なんとも言えないのですが、

ただこのキャッチ―さを求める風潮に

物を申してみたかった。

中途半端な時期なので、

やっぱり所謂なキャッチーさを

求めるしかないことが

これからもあると思いますが。



そんな結論を自分の中に出す直前、

例の可愛い装丁のドイツの本を

選ぶ際に自分の価値観の範囲で

売れそうな本を集めてました。

でも最後に悩みながら、

自分しか気に入らなさそうだけど、

どうしても素敵だと思った2冊も

一緒に購入しました。

恐らく誰の手にも渡らないであろう

暗い子達、と思いながら。


そしたらその晩飲みながら、

今日こんなの集めたのですよ~と

わーっと本を出していたら、

その暗い2冊を買いたいという方が

現れ、とても嬉しかったです。

お家でじっくり見たかったのも

本心ですが。


自分のものさしをもっともっと

透明にして大切にしよう、

いつかこの考え方が

正しかったと思える日が来るように

頑張ろうって思えました。



そんな事を遅れながら

台風のタイミングで更新します。

風が強まってきています。


皆様、無理せずお気を付けて

お過ごし下さい。

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